2011年09月10日

ここにメッセージはあるのか?(郁丸)

いじめられて亡くなり、
そして何か不可思議なことが起こりだす。

だいたいその不可思議な現象を経験するのは
見て見ぬふりをしていた傍観者たち。
だから、その現象の訳を知っている。
それで口々に
「これは、こんなことがあって、そして…」
と語り合う。

これは畏れであって、その現象が
彼らを脅していたわけではありません。
あずき洗いにしても、あずきを洗っているだけで
別に脅しているわけではありません。

「怖い」のは、自分たちのしていた行いです。

いじめや、周りの人々のせいで命を失ったものは、
周りの人々の怖れによって「妖怪」にされてしまいますが、
もともと被害者であったわけで、悪い存在ではありません。
それで、いったん妖怪になってから、神様へと変化する例も多いです。


要は、加害者の意識の問題なのかもしれません。
posted by 新潟アーモンド at 23:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。